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東京地方裁判所 平成3年(ワ)3486号 判決

原告

村上保

右訴訟代理人弁護士

西嶋勝彦

山下基之

桜木和代

被告

新産別運転者労働組合東京地方本部

右代表者

篠崎庄平

右訴訟代理人弁護士

水嶋晃

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告の組合員としての地位を有することを確認する。

二  被告は原告に対し、六〇八万九一四四円及びこれに対する平成六年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、かつて被告の組合員であったが、被告から除名の統制処分を受けた原告が被告に対し、この処分事由に該当する行為をしておらず、仮に処分事由が存したとしても除名処分は裁量権を濫用してなされたものであり、また、手続違反もあったので、除名処分は無効であるとし、原告が被告の組合員としての地位を有することの確認を求めると共に、不法行為に基づき除名処分により被った逸失利益の損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実及び証拠により認められる前提事実

1  当事者関係

(一) 被告

被告は、自動車運転者を主体とし、統一労働協約の実施を通じて、組合員の労働諸条件の改善、生活の安定及び向上をはかると共に、労働者供給事業により、職業選択、移動の自由及び有利な職場を確保する職業別労働組合の確立を期すること等を目的とし、昭和三三年に結成された労働組合であり、職業安定法に基づき、自動車運転者を各企業に派遣しており、右目的に則り、車両毎に派遣労働者の賃金、労働時間等の労働条件を定め、その内容の労働協約を派遣先企業との間で締結し、派遣先企業において労働を提供する組合員の生活の安定を図っている。

そして、被告は、新産別運転者労働組合を構成する一単位組織ではあるが、独自の法人格を有し、大井支部ほか七つの支部を設け約三五〇〇名の組合員を擁しており、大井支部には約一七〇名の組合員が所属している。

なお、昭和五一年三月から昭和五四年一〇月まで及び昭和五八年一二月以降の被告の代表者・執行委員長は、篠崎庄平(以下「篠崎委員長」という。)である。

(二) 原告

原告は、昭和四六年九月、被告の組合員となり、昭和五三年から大井支部に所属し、派遣先企業(日本貨物急送株式会社)において生コンクリートミキサー車の運転手として勤務してきた。

なお、原告は、昭和五七年一一月から翌昭和五八年一一月まで被告の執行委員(非専従)に就任すると共に支部運営委員を兼任していたことがあり、その際、高速道路通行料金の回数券の処理等を担当していたこともあった(〈証拠・人証略〉)。

2  原告に対する除名処分

被告執行委員会(以下「執行委員会」という。)は、平成二年一〇月二五日、原告及び大井支部所属組合員訴外古巻輝久(以下「古巻」という。)が大井支部支部長石山誠治(以下「石山支部長」という。)の支部金員を私的に費消している旨の言動をなしたことが被告の左記組合規約(以下「規約」という。)五五条二号及び同四号に該当するとして、原告を除名の統制処分(以下「本件除名処分」という。)に付することを決定し、翌二六日、被告書記長門間国雄(以下「門間書記長」という。)は原告に対し、右処分理由が記載された統制処分決定通知書を交付した。

五五条

組合員が次の行為をしたときは、支部運営委員会の議を経て、支部長及び支部長代行の申告に基づき、執行委員会で統制処分を決定し、本人に通告する。また役員に統制事案があったとき、執行委員会の決定に不服の申立があったときは、その都度執行委員長が執行委員会の議を経て、査問委員を選任し、統制事案を審議決定する。但し、査問委員会の決定内容は、その都度、執行委員会に報告するものとする。

2号 規約、諸規定、または組合の方針、決定に違反し、個別にあるいは集団的に組合の秩序を乱したとき。

4号 不正営業行為、その他不誠実な行為によって、就労先事業所に不利益を与えたとき。

3  本件除名処分に対する異議の申立て

原告は被告に対し、平成二年一一月二一日、規約五八条(統制処分を受けた組合員がその処分に不服の場合は、具体的な反証を添え、執行委員会、評議員会または大会に異議を申立てることができる。以下略)に基づき、本件除名処分に対する異議の申立てをなした。

右異議の申立ての理由の概略は次のとおりである。

大井支部における各年度決算報告書には、積立金に関する該当期間の三和銀行大井町支店口座の通帳のコピーが資料として配布されるのが通例であったのに、昭和六一年度以降はこれの配布がなされなくなった。そこで、大井支部の平成二年一月五日の支部会議において昭和六一年度以降平成元年度までの右通帳のコピーを提出すべき旨決議された。

原告らは、大井支部執行部に対し、支部運営委員会等が開催される都度、右決議を実行するように要求してきたところ、右通帳の写しとされる手書きの明細書が送られてきたにすぎない。このような大井支部執行部の措置は支部会議の右決議に違反するのものであり、組合員の中には不正があるのではないかと疑念を抱く者がいるのは当然であり、原告らは、このような組合員の声を代弁し、右コピーを提出できない理由を説明すべきであると主張してきたにすぎないから、原告らの行為は規約五五条二号、四号のいずれにも該当しない。

右異議の申立てに対し、執行委員会は、同月二三日、これを理由がないものとして却下した。

二  争点

1  本件除名処分事由の存否

2  本件除名処分の裁量権の濫用の有無

3  原告の異議の申立てに対する措置に、手続違反が存したか否か

4  本件除名処分が無効である場合の原告の被った損害の有無及びその額

三  当事者の主張の要旨

1  争点1(本件除名処分事由の存否)について

(被告の主張)

本件除名処分事由は、次のとおりである。

(一) 石山支部長の公金使い込み発言(規約五五条二号該当事由)

原告は組合員に対し、昭和六一年頃から、石山支部長が支部公金を使い込んでいると言い触らしており、平成元年八月頃、篠崎委員長に対し、石山支部長による公金使い込みのいわゆる内部告発をし、平成二年五月頃にも、被告本部に対し、大井支部会計に二七万円余の使途不明金があるので、その責任者である石山支部長を告訴するという内容を記載した「告発文」と題する文書及び同旨の内容を記載した書面一通を提出した。また、原告は、大井支部長谷川評議員に対し、同年六月頃、「石山支部長は、使い込みをやっている、これを刑事事件として告訴する。二ケ月以内に決着が付く。」等と述べ、そして、同年八月、大井支部岩井肇評議員に対し、「石山支部長は使い込みをしている。もし彼が使い込みをしていなければ、自分は責任を取って組合を辞める。」とまで述べた。さらに、原告は、右告発文につき、数人の人たちと協議したり、喫茶店等で石山支部長の使い込みについて話し合ったり、同年九月二〇日の執行委員会の席上では、多くの執行委員の面前で、「不正はある、根拠もある。」等と強弁した。

原告の述べていた、石山支部長が使い込みをしたとする金額は、時には三〇〇万円であったり、一〇万円であったりし、右告発文における「二七万円余りの使途不明金」というのは、いかなる計算により不明金となす趣旨なのか理解できない。原告は、毎年の支部総会に出席し、予算案、決算書を入手し、その説明を聞き、一年間ではあるが大井支部の支部長に次ぐ執行委員を経験しているのであるから、大井支部の一般会計が苦しく、積立金を取り崩さなければならないことを十分理解していた。

このように原告は、大井支部の経理処理に何ら問題がないことを熟知しながら、意図的作為的に右のような言動をなして石山支部長を攻撃し、組織的混乱を図ったのである。

(二) 組合員の就労先企業に多大の迷惑をかけたこと(規約五五条四号該当事由)

原告は、石山支部長が公金を私的に費消している旨を、被告が協約を結んでいる鏑木生コン、品川ミキサーの事業所においても吹聴した。このため、被告は、鏑木生コンからは「こういうものすごいひどいことを言ってるんだけど、どうなっているんだ。」との問い合わせを受けたり、品川ミキサーからは「組合員が来て、いろいろ支部長の不正があったように言っているけれども、こういうことを会社構内で言われるとお宅とあんまり取引できないよ。」等と言われた。

このように、原告は就労先企業に対し、被告への不信感を増長させる言動に及び、多大の迷惑をかけた。

(原告の主張)

原告は、大井支部執行部を批判することはあったが、これは被告の公正な運営を図るための正当な発言であって、規約五五条二、四号に該当しない。

2  争点2(本件除名処分の裁量権の濫用の有無)について

(原告の主張)

被告においては、預金通帳のコピー配布中止の件、石山支部長による失業保険金保管の件、タクシーチケットの件及び高速道路料金の回数券の件について、いずれも解決に至らずうやむやにされていたため、組合員の中に執行部に対する不満が渦巻いていたが、支部組合員は、石山支部長らの措置に不満を抱いていても、仕事の割振りで不利益に扱われては困ることから、正面きっては不満や異議を唱えなかった。石山支部長及び被告は、正当なことを明確に述べて組合員らの声を代弁した原告を煙たく感じたため、強引な方法で本件除名処分に踏み切ったのである。仮に、原告の言動の一部に個人批判が含まれていたとしても、売り言葉に買い言葉の域を出ず、その言動は、支部執行部の不誠実な対応を批判したにすぎず、不明朗な会計を正すという正当な目的に基づいたものであった。

原告のこのような行為に対し、除名処分という被処分者の生活の基盤を奪う統制処分をなしたことは裁量権の濫用である。

(被告の主張)

原告は、根拠もないのに石山支部長が支部公金を私的に費消したとして、長期間にわたり石山支部長に対する人身攻撃をなしたばかりか、平成二年五月頃には、支部組合員という立場であったにもかかわらず、被告本部に赴き告発文等を提出するという重大な行為を行っている。また、被告は、派遣先企業と労働協約を締結したうえで、強度の信頼関係を基盤として、責任をもって良質な運転手を供給しているのであって、その事業所には被告組合員以外の運転手も就労しているために、右信頼関係を破壊するような組合員の行為には極度の神経を使っているが、原告は、派遣先企業において、石山支部長が支部公金を私的に費消していると吹聴することにより、派遣先企業の被告に対する不信感を増長せしめ、被告の信用を毀損してしまった。被告における統制事案は数多くあるが、本件のような事例は稀であり、このような悪質な原告の行為は、被告の組織的団結を破壊し、その存続を危うくするものといわざるを得ず、除名という厳しい統制処分も相当であり、処分権の濫用には該らない。

3  争点3(原告の異議の申立てに対する手続違反の有無)

(原告の主張)

原告は、前記のとおり規約五八条に基づき異議の申立てをなした。右異議の申立ては、第三六回定期大会に向けてのものであったが、本部執行部はこれを右大会に提案しなかったばかりか、報告すらしなかった。

このように本件除名処分は、原告から告知・弁明の機会を奪い、重大な手続違反をなしてなされたから、無効である。

(被告の主張)

本件異議の申立てには、前記規約五八条に定められた具体的反証が添えられておらず、理由も的外れであった。そこで、被告は、執行委員会を開催し、右申立てを理由なしとして却下した。

右申立てが原告主張にかかるような定期大会に向けてなされたものでないことは右申立書自体から明らかであり、被告が執行委員会で審議決定したことに手続違反はなく、右異議に対する措置につき、何らの手続違反もない。

4  争点4(原告の被った損害の有無及びその額)について

(原告の主張)

原告は、被告による違法・無効な本件除名処分により組合員としての資格を剥奪された結果、仕事に就く機会が減少したばかりか、基本賃金も一日当たり約三〇〇〇円減少し、また組合員であれば仕事に就けない日に受給することができた失業保険金及び組合員並みの残業代及び深夜手当を受給することができなくなった。

訴外樽見利雄は、原告が本件除名処分を受ける前に就労していた日本貨物急送株式会社に、被告組合員として就労しているところ、平成三年から平成五年までの間に、同訴外人が受給した賃金及び失業保険金と原告が受給した右賃金等との差額は左記のとおりであり、右差額の合計額が原告が本件除名処分により被った損害となる。

原告は被告に対し、右のうち六〇八万九一四四円及びこれに対する本件第一七回口頭弁論期日の翌日である平成六年三月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払いを求める。

〈1〉 賃金

年度 樽見の受領した金額 原告の受領した金額 差額

平成三 五七五万六五三一円 四〇四万八二〇〇円 一七〇万八三三一円

平成四 五六三万七六一〇円 三八六万六六〇〇円 一七七万一〇一〇円

平成五 四八二万八九六八円 三三九万五二〇〇円 一四三万三七六八円

〈2〉 失業保険受給金 一一七万八〇〇〇円

(但し、六二〇〇円/一日×一九〇日)

合計 六〇九万一一〇九円

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件除名処分事由の存否)について

(認定事実)

前記争いのない事実に、(証拠・人証略)の結果を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1 大井支部経理処理と会計報告の承認

石山支部長は、昭和五五年七月から翌五六年一一月までと昭和五八年一一月から平成五年まで被告専従の大井支部支部長に就任しており、その間、大井支部の経理処理をも担当していた。

ところで、大井支部においては、毎年九月一日から翌年の八月三一日までが一会計年度とされ、年に一度、支部所属組合員全員で構成される支部会議において会計報告がなされてきたが、石山支部長は、就任当初は会計処理の経験がなかったことから模索しながら会計処理をしており、昭和六二年度までは月間集計による会計報告をしていたが、昭和六三年度以降は被告本部に倣って年間集計による会計報告をするようになった。そして、大井支部においては概ね一年に二、三回の会計監査が実施され、年度末決算は、先ず支部長が決算報告書を作成し、次いでこれを会計監査が監査し、更にこの会計監査を運営委員会に諮り、このうえで支部所属組合員に報告書を提出するという扱いをしてきたが、支部会議において、石山支部長が支部の金員を私的に費消ないし流用したことが問題として指摘されたことはなく、会計報告は承認されてきた。

2 原告の石山支部長の支部金員私的費消の言い触らしといわゆる内部告発

原告は、古巻と共に、昭和六一年頃から石山支部長が大井支部の金員を私的に費消した旨を事務員や一般組合員に言い触らしたりしたが、このことを石山支部長に直接質すようなことはしなかった。もっとも、原告が石山支部長が私的に費消したと言い触らした金額は一定せず、多いときで約三〇〇万円、少ないときで約一〇万円であった。

平成元年八月頃、原告ほか二名は本部執行部に対し、大井支部の経理処理には不正があって、石山支部長が支部の金員を私的に費消している旨のいわゆる内部告発をし、平成二年五月にも、原告及び古巻両名は被告本部に対し、同旨の告発をした。これらに対し、篠崎委員長は石山支部長に右告発内容をその都度伝え、経理処理上の不正の有無を質したが、石山支部長は、その都度不正はない旨の回答をした。

さらに、原告は、同年六月下旬ないし七月頃、石山支部長が支部の金員を私的に費消している旨を記載した書面二通(但し、うち一通は古巻作成に係るものであり、他の一通は、被告組合員の訴外東ヶ崎が右古巻作成の文章に加筆をして作成したものである。右両書面の内容は、訴外東ヶ崎作成に係る書面につき「告発文」との表題が付され、末尾に「依ってここに告訴する事にした」との記載があるほか、ほぼ同一である。)を被告本部事務所に持参し、門間書記長に提出して調査を依頼した。もっとも、右各書面には、原告にとっても文字の判読不能な部分や、趣旨不明の部分も存した。右のような書面が提出されたことから、篠崎委員長は石山支部長に対し、「今度は穏やかじゃないよ、告発だか告訴ということも載っていたよ、どうなんだ。」等と真偽を質したところ、石山支部長は、「まだ同じことを言ってんのか。」等と返答した。他方、石山支部長は、同年六月頃、長谷川評議委員からも「原告が石山支部長の使い込みを刑事事件にして、二ヶ月以内には決着を付ける旨言っていた。」との報告を受けていたので、原告が刑事告発という措置に出るものと考えていたが、その後二ヶ月を経過するも何らの措置に出る様子になかったので、同年八月頃、原告にその間の事情を質したところ、原告は、そのようなことは慌てることはない旨を述べた。また、石山支部長は、その頃、岩井肇評議委員からも原告が石山支部長に金員の私的費消の事実がなかったならば責任を取って組合を脱退する旨を述べていた旨の報告を受けた。

3 原告の派遣先企業における支部会計不正行為の言い触らし

なお、篠崎委員長は、原告が石山支部長の支部の金員を私的に費消した旨を被告の内部のみならず派遣先企業に対しても吹聴したことにより、被告組合員の派遣先企業である品川ミキサーの担当者から、電話や直接会ったときに、原告の名前を挙示した上、「組合員がきて、いろいろ支部長の不正があったように言っているけれども、こういうことを会社構内で言われるとあんまり取引できないよ。」と忠告を受け、その他の派遣先企業からも右不正行為に関する問い合わせを受けたりし、また、石山支部長は、支部の金員を私的に費消した旨の噂を聞いて心配した大井支部所属の組合員からも電話で、「支部の中がごたついているということはよくない、不正があったのか、ないのか、それをはっきりさせるべきだ。」等と述べられたりした。

4 石山支部長の支部金員の保管方法

ところで、被告には大井支部のほか七支部があるが、これらの支部においては現金の保管場所としていずれも手提げ金庫程度のものしかなく、このようなことから各支部長は、支部の現金を支部事務所に保管しておく事は管理上問題であると考え、それぞれが工夫して保管しており、なかには現金を持ち歩いて、必要に応じてそれを支出するということもなされており、このような保管方法を被告も認容していた。

石山支部長も、かつて被告本部の大型金庫が破られたことがあったりしたことから、大井支部の金員を持ち歩いて保管してきており、この金員は時には数十万円に達することもあった。このような保管方法をしてきたため、石山支部長は、昭和六三年一月初旬頃約二〇万円を紛失するという事故を発生させ、この紛失金を自己補填したこともあった。

5 支部の被告本部に対する原告の統制処分の申請

石山支部長は、その後、原告の出方を見守っていたが、何らの措置に出る様子になかったことから、原告の言動は単に自己に対する信用を失墜させ自己に代わって支部組織の責任者になることを意図してなしているものと考え、このような状態をこれ以上放置することは支部組織の混乱を拡大するだけであると判断し、同八月末頃開催の支部運営委員会において、原告を除名の統制処分とすべきである旨の提案をなした。これに対し、運営委員の一名は原告を刑事事件として誣告罪で告訴した方が良い旨の意見を述べたが、他の運営委員は右の提案に賛成意見を述べた。そこで支部運営委員会は、原告を統制処分にすることを議決し、これを受けた石山支部長は被告本部に対し、意見として「組織撹乱による除名」、その内容として「横領疑惑を持ち周囲に言いふらし刑事事件にする事で、それが横領事実でなければ、本人は当組合に対し責任を取ると言っている。」と記載した同年八月三一日付け統制該当者報告書を作成し、同日頃、統制処分の申請をした。

6 被告本部の原告に対する弁明の機会の提供

右申請を受けた被告本部は、支部長会議を経て、同年九月上旬、原告及び古巻に対し、弁明の機会を設けるので同月二〇日開催の執行委員会に出席すべき旨の通知をなした。そこで、同月二〇日、原告及び古巻出席のうえで開催された執行委員会においては、約一時間にわたり、右両名から右報告書に基づいた事情聴取がなされた。ここにおいては、ほとんど原告が発言し、原告は、「石山支部長は、二〇万円位を使い込んでいる。根拠がある。なぜ石山支部長を除名にしないのか。」等と石山支部長に不正がある旨を強調して述べていた。しかしながら、石山支部長が私的に費消したとする金額については、供述が変動するために、聴取者は理解することが困難で、内容についてもほとんど理解することができなかった。

7 被告本部による大井支部の会計監査

原告及び古巻に対する右事情聴取の後、執行委員会は、被告本部による大井支部会計監査を直ちに実施すること及び会計監査には当時の財政部長小板橋及び本部会計監査菊池公洋が臨むこと、併せて大井支部会計については公認会計士による監査をも実施することを決定した。

被告本部による会計監査は、同年九月二九日、大井支部事務所において、当日都合が悪かった右小板橋に代わって門間書記長によって実施され、これには、石山支部長の要請により大井支部会計監査の渡辺克行も途中から立ち会った。右監査は、大井支部の平成元年九月一日から平成二年八月三一日までの会計年度の会計報告書及び昭和六〇年九月一日から平成二年八月三一日までの会計年度に係わる一般会計と特別積立金会計についてなされ、この結果、一般会計元帳、特別積立金元帳、各種伝票、預金残高は符合し、大井支部の平成二年八月三一日現在の財政状況及び同日をもって終了する期間の収支の状況を適正に表示していることが認められたので、右監査者から篠崎委員長に対し、この旨の同年九月二九日付け監査報告書が提出された。

被告本部による会計監査終了後、篠崎委員長は石山支部長に対し、大井支部の過去五年分の会計書類を被告本部に持参させ、これについて不正があるか否かを公認会計士に再度調査させたが、不正は発見されなかった。

8 本件除名処分

被告本部は、以上の会計監査の結果を踏まえ、同年一〇月二五日開催の執行委員会において、大井支部に経理上の不正はなく、原告及び古巻両名の言動は意図的、作為的な石山支部長に対する人身攻撃であり、組織秩序を乱すと同時に、組合員の派遣先企業にも多大の不安感を与え、迷惑を及ぼしたものであるとして、除名処分が妥当であると全会一致で決定した。

(原告が指摘する問題点の検討)

1 預金通帳のコピー配布の件について

(証拠・人証略)によると、次の事実を認めることができる。

大井支部においては、運営費の余剰が生じた際に一般会計とは別に銀行に口座を開設しており、この預金通帳を個人名義から団体名義に変更したときに、その通帳のコピー(以下「通帳のコピー」という。)を支部組合員に配布したことが一度だけあった(なお、原告は、本人尋問(但し、第一回)において、昭和五七年頃から昭和六一年頃にかけて、大井支部所属組合員に対し通帳のコピーが配布されていたとか、平成二年一月五日開催の支部会議において、昭和六一年度以降平成元年までの通帳のコピーを提出する旨の決議がなされた旨を述べているが、これは反対趣旨の〈人証略〉の証言に照らし直ちに信用することができない。)。その後、支部会議において通帳のコピーを配布して欲しいとの要望がなされたことがあったが、石山支部長はその必要がないと考えて通帳のコピーの配布をなさず、支部会議の際に閲覧を希望する組合員には閲覧することができるように預金通帳をカウンターの上に置いておくという取り扱いをするようになった。また、石山支部長は、原告の通帳のコピーの求めに対し、大井支部にはコピーの機械がなかったことから、同年六月頃、預金通帳の内容を手書きで記載したものを渡したことがあった。

2 石山支部長による失業保険金保管の件について

(人証略)の結果によると、次の事実を認めることができる。

被告は、大田区の要請で、昭和六一年一二月一七日に生活実習所に午前中から運転手を一名派遣することとなっていたところ、派遣を予定していた組合員が当日になって休んでしまったため、石山支部長の取り計らいにより組合員の古庄が午後から行くこととなった。しかし、古庄は、当日仕事がないとしてすでに労働出張所から六二〇〇円の失業保険金の給付を受けていたので、就労することが禁じられているため、石山支部長は古庄に対し、生活実習所では賃金を受領しないようにと指示したうえ、同人に私的に一万円を渡した。そこで、古庄は仕事終了後、石山支部長の指示に従い、賃金を受け取らなかったが、大田区は石山支部長に対し、当日の賃金を支払う旨電話してきたものの、石山支部長は、この受領を断った。そこで大田区は被告本部に対し、右の一日分の賃金として失業保険、健康保険の印紙代を控除した一万六〇〇〇円余りの金員を支払う旨申し入れがなされたので、篠崎委員長らはこの金員を預かり、石山支部長にこの金員を交付し、石山支部長は、支部会議に諮ったうえで、右金員を古庄に交付した。この際、石山支部長は、以前に渡した右一万円を同人から返還を受けると共に、古庄が既に受領していた失業保険金六二〇〇円を当面預かることとし、最終的には昭和六二年八月の支部会議(この会議には原告も出席していた。)に諮ったところ、右失業保険金を古庄に渡すべきであるということになった。

ところが、原告は、昭和六三年の大会において、「就労先の事業所から金が本部の方に届いた、その金を支部長に渡したが、支部長がそれをずっと持っていた」ということを問題として取り上げたが、同大会においては、そのような問題は大井支部内部において解決すべきであり、大会に持ち込むようなことではないとしてこれ以上論議されなかった。

3 タクシーチケットの件について

(人証略)によると、次の事実を認めることができる。

大井支部においては、被告組合員である個人タクシーの乗務員が乗客から受け取ったチケットを支部の金員と換金し、被告本部でそのチケットを換金するというサービスをしていたことがあった。これは、組合員の要望が強かったため、被告本部の依頼により大井支部が行っていたものであり、大井支部には手数料等の収入が一切入らなかった。大井支部においては、個人タクシー事業部が支部の所属から外れ、被告本部に統一された後もしばらくの間換金に応じていたが、昭和六三年八月頃に右サービスを中止した。

4 高速道路料金回数券の件について

(人証略)の結果によると、次の事実を認めることができる。

被告は高速道路料金回数券の販売代理店をしており、首都高速道路公団との契約に基づいて手数料収入を得ている。大井支部は、被告の委託を受けて販売業務を担当し、企業の依頼があると右回数券を被告本部から受取り依頼先の企業に配達していた。この場合の販売代金は全て被告本部宛に振り込まれ、大井支部及び石山支部長には手数料等の収入は一切入らなかった。

(当裁判所の判断)

以上認定したところによると、原告は、昭和六一年以降、弁明のために執行委員会に呼び出された平成二年一〇月まで、約四年間もの長期間にわたり石山支部長が大井支部の金員を私的に費消した旨を他の組合員や被告本部等に繰り返し吹聴したり、刑事事件として取り上げて問題にしていくことを窺わせるような言動をなし、派遣先企業に対してもこのような言動に及び、篠崎委員長や石山支部長は、組合員や派遣先企業から事実の確認をする問い合わせや苦情を受けたというのである。このような原告の石山支部長の不正に関する言動は、被告の財政基盤に関わる由々しき事項について、組合員として経理上の不正を正すことは当然の権利として認められるべきではあるが、これが許されるためにはその内容の真実性とその手段・方法の相当性とが求められるところである。

そこで、先ず、原告の石山支部長の不正に関する言動の真実性についてみるに、原告が問題としていた昭和六〇年九月一日から平成二年八月三一日までの会計年度に係わる一般会計と特別積立金会計処理については何らの問題点もなかったというのであるから、原告の指摘した石山支部長の不正に関する言動には真実性の点において問題があったといわなければならない。

原告の指摘する預金通帳のコピーの配布の中止の点も、このコピーの配布をかつて大井支部において一度だけなしたことがあるにすぎず、慣例となっていたとは認められないし、これを支部組合員に対し配布しなければならない特段の理由も見当たらないというのであり、石山支部長による失業保険金保管の件も、原告も出席していた昭和六二年八月開催の支部会議において、保管金を古庄に渡すことが取り決められて解決されているのであるから、その後、特に問題視する理由はなかったというのであり、タクシーチケットの件及び高速道路料金の回数券の件についても、不正が疑われるような事情は認められなかったというのである(なお、〈人証略〉は、昭和六三年の六月か七月の会計監査当日に、石山支部長から大井支部の預金通帳を示されながら、石山支部長が昭和六三年二月に二〇万円、同年六月に一〇万円、同年七月に一〇万円合計六〇万円を下ろして私用に費消したとの話を聞いた旨証言しているが、〈証拠略〉によれば、昭和六三年七月に会計監査を行っていれば、当然支払われているべき監査費用が昭和六三年七月の台帳に計上されていないこと、会計監査を同年六月に行ったとすると、費消されたとする金額は六〇万円にはならないこと、その他、右証人の記憶が全体的に極めて不鮮明で曖昧な点が多いことに鑑みれば、右証言を直ちに信用することはできない。)。

次に、原告の石山支部長の不正に関する言動の手段・方法の相当性についてみるに、原告が被告執行部に対し、石山支部長が大井支部の金員を私的に費消している旨を内部告発したり、同旨の書面を提出したりしたことは、規約九条三号によって組合員に保障されている執行委員会に対する意見具申の一態様として格別問題とされるところはないと考えられるが、右以外に石山支部長の右不正行為を一般組合員に言い触らしたり、派遣先企業にまで言い触らしたことは相当性を欠いた行為であると言わなければならない。

以上の諸点に鑑みると、原告の石山支部長の不正に関する言動は組合員として負っている義務を定めた規約一〇条一号(組合員としての自覚と連帯感に立って、組合の名誉と社会的信頼を高めるように努力すること。)に違反したということができ、原告の右言動によって組合員の間に動揺が生じ、組織維持の上でこれ以上放置できない状況にまでなったというのであるから、被告の秩序の紊乱を生じさせたものということができる。

したがって、原告には規約五五条二号に該当する事由が存したということができる。

もっとも、被告は、原告には規約五五条四号に該当する事由が存した旨を主張するところ、原告が派遣先企業に石山支部長の不正行為を言い触らしたことによりその企業から被告に苦情が寄せられたとはいうものの、これ以上に原告に同条号に定めるところの派遣先企業に不正営業行為等をしたとか、派遣先企業に不利益を与えたということを認めるに足りる証拠はないから、被告の右主張は理由がない。

以上のとおりであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。

二  争点2(本件除名処分の裁量権の濫用の有無)について

原告の主張する前記預金通帳のコピー配布中止の問題等については、いずれも解決済みとなったか何ら問題とならなかったことは前述したとおりであり、これらの問題につき組合員の中に執行部に対する不満が渦巻いていたとか、原告がこれら組合員の声を代弁していたとかの事実関係を認めるに足りる証拠はなく、また、原告の前記一連の言動が原告の主張するように売り言葉に買い言葉の域を出ない軽微な出来事であるなどとは到底いうことはできない。

規約五六条は、統制処分の内容として、警告、厳重警告、最終警告、権利停止及び除名を定め、除名処分は組合員資格を剥奪する最も重い処分であるから、それ相応の理由の存することを必要とすると解すべきところ、原告の前記認定にかかる一連の言動は、行為の内容及び生じさせた結果共に重大であって、自主団体である被告の自治機能を尊重すべき観点からみて、被告が原告を本件除名処分に付したことをもって、裁量権を著しく逸脱したためにこれが無効であるとまでいうことはできない。

したがって、この点に関する原告の主張も理由がない。

三  争点3(原告の異議申立てに対する手続違反の有無)について

原告の被告執行部宛てに提出した前記異議申立書て(ママ)には、原告が主張するように第三六回大会に向けてなされた旨の記載はされてはいなかったのであるから、被告が右異議の申立てを、規約五六条において異議申立ての審理機関と定められている執行委員会に諮り審議決定したことには、何らの手続違反は認められない。

なお、被告は、本件除名処分に先立つ平成二年九月二〇日開催の執行委員会において、原告から事情聴取をして弁明の機会を与えているのであるから、この観点からも本件除名処分手続には何ら問題とすべき点は認められない。

したがって、この点に関する原告の主張も理由がない(もっとも、統制処分を受けた組合員の異議申立権は前記のとおり規約上定められているものの、弁明の機会の保障については規約上何らの定めがない。)。

四  まとめ

以上のとおりであるから、本件除名処分は有効であり、したがって、本訴請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 林豊 裁判官 合田智子 裁判官 蓮井俊治)

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